熊吾朗的動物画
新たに切り絵専用のHP「琉世の切り絵」を作成しました。リンクをご覧ください。尚、切り絵およびイラスト等の転用を禁じます。
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くまごろう

Author:くまごろう
ちゃんとひげを剃っていても、写真を撮るとなぜかひげの剃り跡があまりに目立つので、親から「お前の顔、くまごろうとかごえもんて感じだ」といわれたのが由来です。
今では、本名より気に入ってる名前です。



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いろは文字
こんな本を見つけました。


高野切、本阿弥切その他のかな文字が読めなくて、読み方を含めて練習になる本を探していたら、この本がまさにぴったり!

中身はこんな感じです。

江戸くずし文字
ことわざ紹介においてかなづかいをわかりやすく解説しているので、とても楽しく読めます。
この文字が読めると、古文書にはおおいに参考になること請け合いです。


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戦国武将の手紙
戦国武将の手紙の載ってる本を入手しまして、臨書しているところです。

まず、石田三成の手紙

三成の手紙
内容は、「年貢率は、島左近、山田上野、四岡帯刀の三人に申し付けました。
もちろん三人は誓詞を提出し、決められたとおりにするというので、そのように納入するようにしてください」
という意味です。
漢字は比較的それっぽくてわかりやすいです。

次に明智光秀。

光秀の手紙
内容は「有吉平吉の身上について、この間そちらで世話になってることを知りました。
若輩者ですが、いずれは用に立つ男との由、尤もと思います。
私も特別に、彼の帰参のことについて細川藤孝に説得してみたいと思います。
そういうわけなので、これからも面倒見ていただければうれしく思います。
詳しいことはまたお返事します」

そして織田信長

信長の手紙

内容は「その土蔵に一万六千貫、その他公用米が俵に入ってるがそれは除いて、六千貫のうちの万疋すなわち百貫文をこちらへ届けてほしい。
浄土宗と法花宗が宗論をくりひろげたが、法花宗が負けた。
詳細は婿が申し述べるであろう」

最後に上杉謙信が喜平次(後の上杉景勝)に送った手紙

上杉謙信の手紙

内容は
「心のこもった手紙ありがとう。殊に祈祷したお守りを送ってくれてうれしく思います。
もう少しで暇ができるので、春日山城へもどったら、またいろいろお話しましょう。」

書いていて、気分は石田三成になったり織田信長になったり(笑)

三成と光秀は、ビシッと漢字で書かれていてそのいくつかは比較的読みやすい。
几帳面な感じがしました。

ちなみに直江兼続の手紙は、もう殴り書きとてもいうか、読めません(苦笑)
こんなすごい字よく相手も読めたなあ。

戦国時代から安土桃山時代の人たちなのに、随分書き方が違うんだなあと感じました。

それにしても書いていて実に面白い。
学校の書道の授業は退屈でした。
こういう臨書を授業でやればいいのに。

高野切
高野切古今集第一種から

臨書2

伝紀貫之といわれてますが、実際にはどうだったか?それはさておき

紀貫之をいう言葉が違う文字で書かれているのが興味深いです。

支の徒らゆき(きのつらゆき)と書かれています。

ひらがなは漢字より書いていて面白いです。

一筋縄ではいかないけど、そこが面白い。

ひらがなは次の文字へとつながることのできる姿にまで変えられる。

そういえば、連綿という言葉は「連綿と受け継がれてきた伝統」などという表現に用いられてきました。

元々は、かなを二字以上つなげて書くことです。

こうしてかな文字の臨書を通じて、古文書を読めるようになりたいです。

昔、小布施でセーラさんから言われた言葉がまだ頭の中に残っています。

「もっと自分の国のことを学ぶべきです。

例えば、今の日本人は古文書すら読めません。」


細川ガラシャさんの手紙


今週の火曜日から始まった臨書の番組、なかなか面白そうです。

添付の画像は、番組のテキストです。(書店でも売ってます)

第一回は、豊臣秀吉が書いたおね宛ての手紙でした。

もちろん実際に先生と生徒役の女優羽田美智子さんも書くのですが

なんといっても、実際に書いてみることで書いた人物(この場合は秀吉)の人となりや時代背景などを感じられることが醍醐味。

秀吉の手紙からわかったのは、当時の手紙の書き方って現在とはかなり違う点があるということ。

追伸を最初に書いたり、漢字とかなまじりなのに「は」という文字がなぜかカタカナだったり

手紙には戦国武将には珍しくかなが多くて、これは親近感を演出しているんじゃないか(という先生の指摘)

書道のセオリーから外れた字の書き方もあったので、先生が書くのにてこずった一幕もありました。

やっぱりひとくせあるんですね~(笑)

テキスト見ているうちに、僕も書いてみたくなって、手持ちの筆ペンと安い半紙で書いてみました。

テキストの中で、まずは細川ガラシャの手紙を臨書してみました(これは10/20放送予定)

臨書1

いやはや、へたくそでお恥ずかしいです・・・が、書いててなかなか面白いです。

意外にもアバンギャルドというか思い切った筆遣いする女性だなあ。

きっと肝っ玉のどっしりすわった人だったんじゃないかなあ・・・などと感じました。

これは夫の細川忠興宛の手紙でして

「こちらは大丈夫だからご安心ください」という内容です。

なんだかはまりそう。

市の図書館になにか「高野切」や「寸松庵色紙」などが載ってる資料がないか筆ペンと半紙持って見に行こうかな。

なんちゃって木簡
早速書いてみました。

まずはこれ。

風林火山

風林火山

木簡は普段使われている楷書と違って隷書なので、とめや払いなどを使わずに書きます。

続いては

杜天漢詩

唐の詩人 杜甫・・・ではなくて杜天の詩集からいくつか抜粋して書いてみました。

昔、学校で習った五言絶句とか七言絶句などの漢詩です。

はっきり言って全然上手くないけど、いろいろ書くとなんだかそれらしく見えちゃう・・・かなあ(自己満足)

今はとりあえず書いているだけなので、まだまだ字に遊びが足りないですね。

もっと木簡で遊んでみよう。